{judri}という単語が結構色々と使えそう。
judri
x_1 は x_2 の、 x_3 (体系)における住所/宛先
「Eメールアドレス」も。このとき、x3は「インターネット」など。
日本語辞書には、メアドやURLにも使えると親切な記述がありますが、ロジバン定義を見てみると
judri
x_1 sinxa lo du'u ma kau stuzi x_2 kei ma'i x_3
とあります。「x1 は x2 が x3 の観点でどこにあるのかを示す記号」くらいの意味ですね。
ロジバン定義の語義の中で、{judri}を使っているものを探してみると、意外と面白い。
detri
x_1 noi nanca jo'u masti jo'u djedi sinxa cu judri x_2 noi fasnu kei x_3
tcika
x_1 noi cacra jo'u mentu jo'u snidu sinxa cu judri x_2 noi fasnu kei x_3
なるほど。確かに、日付や時刻というのは出来事の「住所」ですね!
この定義を書いたのはおそらく xorxes氏なので、彼的には「住所」は「何らかの構造下での場所を表す記号」となるようです。
時間は数直線で描けますから、逆輸入的に、3次元(に別に限りませんが)のユークリッド空間の座標点も judri で表現できそうですね。
li no ce'o li pa ce'o li re cu judri py. noi mokca
/ (0, 1, 2) は点Pの座標だ。
meksoが好きなら、
li jo'i noboi paboi reboi te'u cu judri py. noi mokca
/ (0, 1, 2) は点Pの座標だ。
としてもOKですね。「場所に対する記号のマッピング」です。
ただ、そもそものロジバン定義の問題点として、tcika や detri の x1 は数だけれど、数それ自体は記号なのかどうか?というのがありように思われます。しかしながらこれは、「記号を狭く見すぎている」ということで話がつきます。たとえば、「鳩は平和の象徴」として、つまり、「鳩は平和を表す記号」としてしばしば見られますし、必ずしも文字列だけが記号として(すなわち sinxa1として)働くわけではありません。数がある場所を象徴したっていいわけです。
2015/08/06
2015/07/27
"bridi" と "sumti"
参考
[1]:https://groups.google.com/forum/#!topic/bpfk-list/yChr3cGT1_Q/discussion
[2] :
http://mw.lojban.org/papri/gadri_%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6%E7%9A%84%E8%A6%B3%E7%82%B9%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC#.E8.A4.87.E6.95.B0.E9.87.8F.E5.8C.96
色んなところで、ロジバンには独自の文法用語が存在すると言われています。事実、ロジバンには基本単語レベルで色々な文法用語を備えており、ロジバニストはその用語を使っています。
その独自用語のほぼすべてが gismu や、lujvo 由来のものであり、その用語の正確な意味はPSによって裏付けられます。最近はPSも大分洗練されてきており(年月がある程度経つことで使用の傾向が明確になってきた、という方が正しいかもしれません)、これは各独自用語の意味を明確に捉える足がかりができたとも言えます。そこで、基本的なロジバン文法用語を見直してみよう、というのがこの記事の主旨です。
この整理において重要なポイントは、それぞれの用語の項位置の型です。最もしばしば考えられるのは、そこに入るのは文字列なのか、もっと別のものなのかでしょう。
# bridi
{bridi} はもっともよく使われるロジバン用語です。現時点で、PSは次のように定義されています。
x1 (du'u) is a predicate relationship with relation x2 among arguments (sequence/set) x3.
ポイントは、「bridiのx1は命題(閉文の内包)が入ること」です。[1]において、selpa'i氏の例文:
.i lo du'u mi prami do cu bridi lo ka ce'u prami ce'u kei mi ce'o do
が示すところによれば、
・ lo bridi : 命題(lo du'u [命題文] に相当するもの)
・ lo se bridi : 属性・関係 (lo ka [属性/関係文] に相当するもの)
・ lo te bridi : その命題の属性・関係で結ばれている対象の集合列
となります。selpa'i氏、guskant氏がこの例文に同意し、xorxes氏はツッコミを入れていないということを見る限り、これは現在のロジバンで合意が取れた事実と考えてよさそうです。
selbri や terbri は bridi を単に転換したものとして(少なくともロジバン定義では)定義されているので、 selbri は属性・関係を表す語のことでなく、命題の構成要素である属性・関係そのものを表すということがわかります。
つまり、
.i lo du'u ko'a broda ko'e cu bridi lo ka ce'u broda ce'u kei ko'a ce'o ko'e
となります。命題文 「ko'a broda ko'e」 の selbri は {ce'u broda ce'u}によって表される関係のことであり、zo broda ("broda"という語)のことではありません。
関連して、最近登録された lujvo に selbrisle があります:
x1 selci lo sinxa be lo selbri
これは、selbri の記号(つまり、ある命題の関係/属性を表す語句)の最小単位(いわゆる、tanru-unit)として定義されており、{lo selbrisle} は語句/文字列のことを指します。
# sumti
これもかなりよく出てくる用語ですね。これは、
x1 is a/the argument of predicate/function x2 filling place x3 (kind/number).
と定義されており、x1, x2 は文字列であるという注釈があります。[1]を見ても、{lo sumti} は「話題にする対象を指す記号、あるいはその記号を代入できる記号」と定義されており、たしかに x1 は文字列だろうということが伺えます。
一方で、jbo定義によると、
x1 se tisna x3 no'u pa lo te bridi be x2
でありますが、この時点で食い違いが生じています。 x2 は selbri に相当するので、これは記号ではなく、関係/属性の場所です。{se tisna} は 「を満たす」という意味なので、 「x1 という記号は x3 (terbriの1つ)を満たす」 となるのですが、微妙ですね。
とりあえず、lo sumti が記号であるということを前提に話をするなら、 sumti という語が表す関係性というのは、bridi と違って、統語論的な(つまり語と語の)関係を表していそうです。
となると、少なくとも no'u 以下の部分は
... no'u pa lo te bridi be la'e x2
とすべきでしょう。しかしながら、そうしたところで、{pa lo te bridi} は terbri のうちの1つを指すわけですから、記号ではなく、関係/属性(la'e x2)に取り結ばれた対象を指すことになります。たとえば、
zo mi sumti zo prami lo pamoi
は、「"prami"の表す関係性によって取り結ばれる対象たちのうちの1番目は "mi" によって満たされる」 となります。より良い定義として、
x1 sinxa x3 no'u lo pa me lo te bridi be la'e x2
を提案したいと思います。これで解釈すれば上の文は、「"mi" は "prami"によって表される関係性が取り結ぶ対象たちのうちの1番目のものを指示する」となります。
bridi が [1] で命題を表すことになったことで、完全に統語論的な役割を表す言葉(今までの selbri に相当するもの)がなくなってしまったように思います。
少し取り留めがなくなってきたので、一旦ここで締めます。
[1]:https://groups.google.com/forum/#!topic/bpfk-list/yChr3cGT1_Q/discussion
[2] :
http://mw.lojban.org/papri/gadri_%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6%E7%9A%84%E8%A6%B3%E7%82%B9%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC#.E8.A4.87.E6.95.B0.E9.87.8F.E5.8C.96
色んなところで、ロジバンには独自の文法用語が存在すると言われています。事実、ロジバンには基本単語レベルで色々な文法用語を備えており、ロジバニストはその用語を使っています。
その独自用語のほぼすべてが gismu や、lujvo 由来のものであり、その用語の正確な意味はPSによって裏付けられます。最近はPSも大分洗練されてきており(年月がある程度経つことで使用の傾向が明確になってきた、という方が正しいかもしれません)、これは各独自用語の意味を明確に捉える足がかりができたとも言えます。そこで、基本的なロジバン文法用語を見直してみよう、というのがこの記事の主旨です。
この整理において重要なポイントは、それぞれの用語の項位置の型です。最もしばしば考えられるのは、そこに入るのは文字列なのか、もっと別のものなのかでしょう。
# bridi
{bridi} はもっともよく使われるロジバン用語です。現時点で、PSは次のように定義されています。
x1 (du'u) is a predicate relationship with relation x2 among arguments (sequence/set) x3.
ポイントは、「bridiのx1は命題(閉文の内包)が入ること」です。[1]において、selpa'i氏の例文:
.i lo du'u mi prami do cu bridi lo ka ce'u prami ce'u kei mi ce'o do
が示すところによれば、
・ lo bridi : 命題(lo du'u [命題文] に相当するもの)
・ lo se bridi : 属性・関係 (lo ka [属性/関係文] に相当するもの)
・ lo te bridi : その命題の属性・関係で結ばれている対象の集合列
となります。selpa'i氏、guskant氏がこの例文に同意し、xorxes氏はツッコミを入れていないということを見る限り、これは現在のロジバンで合意が取れた事実と考えてよさそうです。
selbri や terbri は bridi を単に転換したものとして(少なくともロジバン定義では)定義されているので、 selbri は属性・関係を表す語のことでなく、命題の構成要素である属性・関係そのものを表すということがわかります。
つまり、
.i lo du'u ko'a broda ko'e cu bridi lo ka ce'u broda ce'u kei ko'a ce'o ko'e
となります。命題文 「ko'a broda ko'e」 の selbri は {ce'u broda ce'u}によって表される関係のことであり、zo broda ("broda"という語)のことではありません。
関連して、最近登録された lujvo に selbrisle があります:
x1 selci lo sinxa be lo selbri
これは、selbri の記号(つまり、ある命題の関係/属性を表す語句)の最小単位(いわゆる、tanru-unit)として定義されており、{lo selbrisle} は語句/文字列のことを指します。
# sumti
これもかなりよく出てくる用語ですね。これは、
x1 is a/the argument of predicate/function x2 filling place x3 (kind/number).
と定義されており、x1, x2 は文字列であるという注釈があります。[1]を見ても、{lo sumti} は「話題にする対象を指す記号、あるいはその記号を代入できる記号」と定義されており、たしかに x1 は文字列だろうということが伺えます。
一方で、jbo定義によると、
x1 se tisna x3 no'u pa lo te bridi be x2
でありますが、この時点で食い違いが生じています。 x2 は selbri に相当するので、これは記号ではなく、関係/属性の場所です。{se tisna} は 「を満たす」という意味なので、 「x1 という記号は x3 (terbriの1つ)を満たす」 となるのですが、微妙ですね。
とりあえず、lo sumti が記号であるということを前提に話をするなら、 sumti という語が表す関係性というのは、bridi と違って、統語論的な(つまり語と語の)関係を表していそうです。
となると、少なくとも no'u 以下の部分は
... no'u pa lo te bridi be la'e x2
とすべきでしょう。しかしながら、そうしたところで、{pa lo te bridi} は terbri のうちの1つを指すわけですから、記号ではなく、関係/属性(la'e x2)に取り結ばれた対象を指すことになります。たとえば、
zo mi sumti zo prami lo pamoi
は、「"prami"の表す関係性によって取り結ばれる対象たちのうちの1番目は "mi" によって満たされる」 となります。より良い定義として、
x1 sinxa x3 no'u lo pa me lo te bridi be la'e x2
を提案したいと思います。これで解釈すれば上の文は、「"mi" は "prami"によって表される関係性が取り結ぶ対象たちのうちの1番目のものを指示する」となります。
bridi が [1] で命題を表すことになったことで、完全に統語論的な役割を表す言葉(今までの selbri に相当するもの)がなくなってしまったように思います。
少し取り留めがなくなってきたので、一旦ここで締めます。
2015/07/22
体系的な相システムの草案
自作言語でこしらえていた相システムをこっち(ロジバン)に持ってこれないかなと思い、記事。
とりあえず、ロジバンの記号を与える前に、自作言語の語で説明します。(発音はロジバンと同じ)
まず、基本となる語が
・ le- : 開始点
・ ce- : 終了点
・ mu- : 開始点と終了点の間
です。ロジバンで対応させれば、{co'a}, {co'u}, {ca'o} ですね。
で、次の方向を表す語を導入します。
・ ne- : より前段階
・ tse- : より後段階
自作言語ではこれにより、"lene-"で「開始点より前段階」、つまり{pu'o}(未然の意味)に相当する語を作ったり、"cetse-"で「終了点より後段階」、つまり{ba'o}に相当する語を作っています。
で、さらに(これが結構大事)、距離を表す語として、
・ -ib- : 参照点近傍/付近
を導入することで "lenibe-" で 「開始点より少し前段階」、つまり {pu'o}(将然の意味)に相当する語を、"cetibe-" で「終了点より少し後段階」、つまり 「つい~したばかりだ」に相当する語を作れます。自作言語では定義してませんでしたが、「とっくに~してしまっている」も便利そうなので、
・ -ip- : 参照点から離れた
も作っておくといいかもしれません。
方向、距離 というのはロジバンの間制の常套パターンなわけですが、それに事象段階点を加え、それを参照点にすることで、柔軟な相システムができあがるってわけです。
Q. 「これは時制をハイブリッドしていないか?」
A. してないと思います。あくまで、事象線の上での範囲指定なので、事象局面をなぞってます。たとえば、日本語で「とっくの昔に食べちゃったよ」というとき、相システム内のみで「完了点から離れた事象段階」が表せないので、時制と相のハイブリッド系、すなわち、「{puzu}の時点で {mo'u}した」という他ないわけです。しかしながら、相システムが柔軟であれば、「{ca}の時点で{mo'u}の後段階遠くだ」と言えます。個人的には、基本的に会話は{ca}に軸を据えておいて、大体のことを相で表してやるほうが好きなので(多分日本語がそうなのかな)、そっちに特化した表現もあっていいと思うんです。
このシステムの事象段階点は ZAhO によって {co'a}{co'u}{de'a}{di'a}{mo'u}{co'i}が用意されているので、導入すべきは「前段階」「後段階」を表す範囲方向の語と、「参照点付近」「参照点から離れた」を表す距離の語かと思います。距離の語はZI, VAをリスペクトすればいいわけですが、範囲方向が少し問題です。PUとZEhAがないまぜになったようなものですから。
とりあえず、XIhEI を導入します:
xi'ei: XIhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点の近くにあることを示す。
xu'ei: XIhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点の遠くにあることを示す。
これによって、
mi co'a xi'ei bajra : 私は走りだしたばかりだ/走りだそうとしている。
となります。おそらくこれは使い勝手が悪くてですね、やっぱり方向範囲あってのものですね。
で、実際問題、方向範囲というのは{pu'o}と{ba'o}のことですが、念のため作っておきましょう。
pu'ei: PUhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点より前段階にあることを示す。
bu'ei: PUhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点より後段階にあることを示す。
これより、peg としては、
interval-property <- number ROI-clause NAI-clause? / TAhE-clause NAI-clause? / ZAhO-clause NAI-clause?
これをいじりまして、
interval-property <- .... / ((ZAhO-clause NAI-clause? PUhEI-clause? XIhEI-clause?) / ((ZAhO-clause NAI-clause?)? PUhEI-clause XIhEI-clause?) / ((ZAhO-clause NAI-clause?)? PUhEI-clause? XIhEI-clause))
とすれば多分OKです。えっと、ややこしいですが要は
(ZAhO-clause NAI-clause?) .a (PUhEI-clause) .a (XIhEI-clause)
ということと、併立する場合はこの順に並ぶということです。
mi mo'u bu'ei xu'ei citka / とっくの昔に食べちゃった。
mi co'a bu'ei xi'ei bajra / 私は走りだしたばかりだ。
do mo'u pu'ei xi'ei finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
Q. 冗長では?
A. おっしゃりとおりで。何が問題かというと、全く完全にシステムを輸入してしまったことにあります。
では、以下に既存のシステムに組み込む形でできないか…を考えるべきですね。実際、先ほども言ったとおり、pu'ei, bu'ei というのは pu'o, ba'o で代用できます。
do pu'o mo'u finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
一応、相の連続表現について書いておくと、この用法はCLL10.21にもあって、
ZAhOのキモはPUと違って、ZEhAをすでに包含している語があるということです。唯一ないのがZIに相当するものなので、XIhEIさえあればいいということになります。どうせなら、{zi}{zu}をリスペクトして、ZIhEIにしましょう:
zi'ei: ZIhEI; 事象段階が直前のZAhOによって示される参照範囲の境界から近い。
zu'ei: ZIhEI; 事象段階が直前のZAhOによって示される参照範囲の境界から離れている。
もっぱらこれらは、pu'o や ba'o に使われることを想定しています。
do pu'o zi'ei mo'u finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
do pu'o zu'ei mo'u finti lo pixra / 君は絵を描き終えるまでまだかかる。
「参照範囲の境界」とは、pu'o でいうところの co'a点、 ba'o でいうところの co'u点です。絵を描くと、
pu'o: ----|
ba'o: |----
の "|" の部分です。分かる通り、{pu'o}, {ba'o} 以外での意味がこれでは定まりません。
まずは{ca'o}ですが、これは、参照範囲の境界が2つあります。
ca'o: ... |----------| ...
この場合はどちらの境界から近いのかは不定であることにしておきます。
そのため、{ca'o zi'ei}「始まったばかりか終わる直前だ」はあまり使えないかもしれませんが、{ca'o zu'ei}はきっと「真っ最中だ」という意味で使えるかと思います。
次に段階点的アスペクト {co'a}{co'u}などですが、これらはそもそも参照「範囲」がなさそうです。しかしながら、「ゼロ距離」の概念をロジバンはよく使うのでそれをここでも適用します。つまり、
{co'a}: ...--|--......
{co'u}: ......--|--
とします。これらは{cazi}と{cazu}がそこまで大きく意味が変わらないのと同様、{zi'ei}と{zu'ei}でそこまで大きく意味が変わらない語群です。
mi ba'o zu'ei citka / とっくの昔に食べてしまった。
とりあえず、ロジバンの記号を与える前に、自作言語の語で説明します。(発音はロジバンと同じ)
まず、基本となる語が
・ le- : 開始点
・ ce- : 終了点
・ mu- : 開始点と終了点の間
です。ロジバンで対応させれば、{co'a}, {co'u}, {ca'o} ですね。
で、次の方向を表す語を導入します。
・ ne- : より前段階
・ tse- : より後段階
自作言語ではこれにより、"lene-"で「開始点より前段階」、つまり{pu'o}(未然の意味)に相当する語を作ったり、"cetse-"で「終了点より後段階」、つまり{ba'o}に相当する語を作っています。
で、さらに(これが結構大事)、距離を表す語として、
・ -ib- : 参照点近傍/付近
を導入することで "lenibe-" で 「開始点より少し前段階」、つまり {pu'o}(将然の意味)に相当する語を、"cetibe-" で「終了点より少し後段階」、つまり 「つい~したばかりだ」に相当する語を作れます。自作言語では定義してませんでしたが、「とっくに~してしまっている」も便利そうなので、
・ -ip- : 参照点から離れた
も作っておくといいかもしれません。
方向、距離 というのはロジバンの間制の常套パターンなわけですが、それに事象段階点を加え、それを参照点にすることで、柔軟な相システムができあがるってわけです。
Q. 「これは時制をハイブリッドしていないか?」
A. してないと思います。あくまで、事象線の上での範囲指定なので、事象局面をなぞってます。たとえば、日本語で「とっくの昔に食べちゃったよ」というとき、相システム内のみで「完了点から離れた事象段階」が表せないので、時制と相のハイブリッド系、すなわち、「{puzu}の時点で {mo'u}した」という他ないわけです。しかしながら、相システムが柔軟であれば、「{ca}の時点で{mo'u}の後段階遠くだ」と言えます。個人的には、基本的に会話は{ca}に軸を据えておいて、大体のことを相で表してやるほうが好きなので(多分日本語がそうなのかな)、そっちに特化した表現もあっていいと思うんです。
このシステムの事象段階点は ZAhO によって {co'a}{co'u}{de'a}{di'a}{mo'u}{co'i}が用意されているので、導入すべきは「前段階」「後段階」を表す範囲方向の語と、「参照点付近」「参照点から離れた」を表す距離の語かと思います。距離の語はZI, VAをリスペクトすればいいわけですが、範囲方向が少し問題です。PUとZEhAがないまぜになったようなものですから。
とりあえず、XIhEI を導入します:
xi'ei: XIhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点の近くにあることを示す。
xu'ei: XIhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点の遠くにあることを示す。
これによって、
mi co'a xi'ei bajra : 私は走りだしたばかりだ/走りだそうとしている。
となります。おそらくこれは使い勝手が悪くてですね、やっぱり方向範囲あってのものですね。
で、実際問題、方向範囲というのは{pu'o}と{ba'o}のことですが、念のため作っておきましょう。
pu'ei: PUhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点より前段階にあることを示す。
bu'ei: PUhEI; 事象段階がZAhOによって示される参照点より後段階にあることを示す。
これより、peg としては、
interval-property <- number ROI-clause NAI-clause? / TAhE-clause NAI-clause? / ZAhO-clause NAI-clause?
これをいじりまして、
interval-property <- .... / ((ZAhO-clause NAI-clause? PUhEI-clause? XIhEI-clause?) / ((ZAhO-clause NAI-clause?)? PUhEI-clause XIhEI-clause?) / ((ZAhO-clause NAI-clause?)? PUhEI-clause? XIhEI-clause))
とすれば多分OKです。えっと、ややこしいですが要は
(ZAhO-clause NAI-clause?) .a (PUhEI-clause) .a (XIhEI-clause)
ということと、併立する場合はこの順に並ぶということです。
mi mo'u bu'ei xu'ei citka / とっくの昔に食べちゃった。
mi co'a bu'ei xi'ei bajra / 私は走りだしたばかりだ。
do mo'u pu'ei xi'ei finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
Q. 冗長では?
A. おっしゃりとおりで。何が問題かというと、全く完全にシステムを輸入してしまったことにあります。
では、以下に既存のシステムに組み込む形でできないか…を考えるべきですね。実際、先ほども言ったとおり、pu'ei, bu'ei というのは pu'o, ba'o で代用できます。
do pu'o mo'u finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
一応、相の連続表現について書いておくと、この用法はCLL10.21にもあって、
21.2) la djordj. ca'o co'a ciskaですので、意味的には (ZAhO (ZAhO SELBRI)) と捉えてOKなわけですね。
ジョージ [進行相] [開始相] 書く
ジョージは書き始め続ける。
ZAhOのキモはPUと違って、ZEhAをすでに包含している語があるということです。唯一ないのがZIに相当するものなので、XIhEIさえあればいいということになります。どうせなら、{zi}{zu}をリスペクトして、ZIhEIにしましょう:
zi'ei: ZIhEI; 事象段階が直前のZAhOによって示される参照範囲の境界から近い。
zu'ei: ZIhEI; 事象段階が直前のZAhOによって示される参照範囲の境界から離れている。
もっぱらこれらは、pu'o や ba'o に使われることを想定しています。
do pu'o zi'ei mo'u finti lo pixra / 君は今にも絵を描き終えそうだ。
do pu'o zu'ei mo'u finti lo pixra / 君は絵を描き終えるまでまだかかる。
「参照範囲の境界」とは、pu'o でいうところの co'a点、 ba'o でいうところの co'u点です。絵を描くと、
pu'o: ----|
ba'o: |----
の "|" の部分です。分かる通り、{pu'o}, {ba'o} 以外での意味がこれでは定まりません。
まずは{ca'o}ですが、これは、参照範囲の境界が2つあります。
ca'o: ... |----------| ...
この場合はどちらの境界から近いのかは不定であることにしておきます。
そのため、{ca'o zi'ei}「始まったばかりか終わる直前だ」はあまり使えないかもしれませんが、{ca'o zu'ei}はきっと「真っ最中だ」という意味で使えるかと思います。
次に段階点的アスペクト {co'a}{co'u}などですが、これらはそもそも参照「範囲」がなさそうです。しかしながら、「ゼロ距離」の概念をロジバンはよく使うのでそれをここでも適用します。つまり、
{co'a}: ...--|--......
{co'u}: ......--|--
とします。これらは{cazi}と{cazu}がそこまで大きく意味が変わらないのと同様、{zi'ei}と{zu'ei}でそこまで大きく意味が変わらない語群です。
mi ba'o zu'ei citka / とっくの昔に食べてしまった。
2015/07/16
CLLに書かれた tanru内接続についての考察
参考:http://ponjbogri.github.io/cll-ja/chapter14.html
が意図するものと同じではないですか。というわけで、12.7 は別に正しくないことはないんですよね。
つまり、12.7 の前文は「アリスは青的人だ」ですが、この解釈として、「アリスは自らの家が青い的な人だ」はまったく健全です。
tanru は意味が曖昧だからこういった論理操作ができない、とのことですが、むしろ、意味が曖昧だからこそこういった論理操作に頑健なんではないでしょうか…。
論じるところを引用する。
(引用ここから)
別々のブリディに展開する法則は、タンル接続の場合必ずしも成り立たない。 例えば、アリスが、青い家に住んでいる人であるとすると、
12.6) la .alis. cu blanu je zdani prenu
アリスは ( 青く、かつ、家 ) タイプの 人だ。
は正しいであろう。(jek は、タンルのまとめあげより優先順位が高い)しかし、
12.7) la .alis. cu blanu prenu .ije la .alis. cu zdani prenu
アリスは 青い人 かつ アリスは 家の 人
は、「青さ」を持つのは家であってアリスではないため正しくないであろう(アリスが「青い 人」であるというのはどういう意味かというのをさしおいても。青チームに所属しているかもしれないし、青い服を着ているかもしれない)。タンルは意味的に曖昧であるため、こういった論理操作ができないのである。
(引用ここまで)
さて、論点は「12.7は本当に正しくないのか」ということです。CLLでは「「青さ」を持つのは家であって、アリスではないため正しくないだろう」と書いてありますが、はて、どうしてアリスが「青さ」を持つ必要があるのでしょう?アリスは「青さ」と関係があればよいのであって、アリス自身が「青さ」を持つ必要はないでしょう。
仮に、
la .alis. cu blanu je prenu
であれば、確かにアリスが青さをもつ必要はありますが、ここでは blanu は seltau です。
blanu prenu では、blanu の位置のどこかと prenuの位置のどこかがある関係Rで繋がっていることになります。それぞれ b1, p1 とすれば、
b1 co'e p1
なる命題がなにかあれば(要は co'e に具体的になにかがあれば、ということでもいいですが)、12.7 は特段変ではありません。
ここで、 b1 zdani p1 なる関係 {zdani} を想定することは可能です。そしてそれはまさしく
12.6) la .alis. cu blanu je zdani prenu
が意図するものと同じではないですか。というわけで、12.7 は別に正しくないことはないんですよね。
つまり、12.7 の前文は「アリスは青的人だ」ですが、この解釈として、「アリスは自らの家が青い的な人だ」はまったく健全です。
tanru は意味が曖昧だからこういった論理操作ができない、とのことですが、むしろ、意味が曖昧だからこそこういった論理操作に頑健なんではないでしょうか…。
2015/07/07
gismuの母音の頻出度合
http://misonikomilojban.blogspot.jp/2015/07/blog-post_7.html
直前の「字面ダサさ改善記事」を作るに当たって、語末母音の頻出度合を調べたんですが、こしらえたプログラムで色々調べられそうだったので、ついでに記事にします。
まず、gismuの母音のペアですが、こうなります
{'a': {'a': 91, 'e': 58, 'o': 45, 'i': 197, 'u': 123},
'e': {'a': 48, 'e': 4, 'o': 30, 'i': 72, 'u': 33},
'o': {'a': 19, 'e': 9, 'o': 17, 'i': 32, 'u': 16},
'i': {'a': 115, 'e': 55, 'o': 44, 'i': 82, 'u': 64},
'u': {'a': 67, 'e': 34, 'o': 16, 'i': 69, 'u': 17}}
辞書型で少しみにくいかもですが、たとえば、ボールド体の58は(a,e)を意味しています。
つまり、CaCCe か CCaCe の語形のものの数ですね。
ここからもう少し要約していきます。
まず、語末母音の頻出度合はこうなります。
{'a': 340, 'e': 160, 'o': 152, 'i': 452, 'u': 253}
前記事でも述べた通り、 i > a > u > e > o となります。
一方で、非語末母音の頻出度合はこうなります。
{'a': 514, 'e': 187, 'o': 93, 'i': 360, 'u': 203}
こっちでは、a > i > u > e > o となります。 a がダントツですね…!
で、この2つのリストを足したものが、gismu全体での母音の頻出度合となります。
{'a': 854, 'e': 347, 'o': 245, 'i': 812, 'u': 456}
グラフにするとこんな感じ:

totalでみると a と i はそんな変わらないんですね。ただ、語末と非語末での局在の仕方がそれぞれ反対なので、語末では iが優勢、非語末では a が優勢という結果になっているようです。
一応、こしらえたソースコードも置いておきます。pythonです。
https://github.com/cogas/cogas.github.io/blob/master/article/code/gismu_karsna_kancu.py
直前の「字面ダサさ改善記事」を作るに当たって、語末母音の頻出度合を調べたんですが、こしらえたプログラムで色々調べられそうだったので、ついでに記事にします。
まず、gismuの母音のペアですが、こうなります
{'a': {'a': 91, 'e': 58, 'o': 45, 'i': 197, 'u': 123},
'e': {'a': 48, 'e': 4, 'o': 30, 'i': 72, 'u': 33},
'o': {'a': 19, 'e': 9, 'o': 17, 'i': 32, 'u': 16},
'i': {'a': 115, 'e': 55, 'o': 44, 'i': 82, 'u': 64},
'u': {'a': 67, 'e': 34, 'o': 16, 'i': 69, 'u': 17}}
辞書型で少しみにくいかもですが、たとえば、ボールド体の58は(a,e)を意味しています。
つまり、CaCCe か CCaCe の語形のものの数ですね。
ここからもう少し要約していきます。
まず、語末母音の頻出度合はこうなります。
{'a': 340, 'e': 160, 'o': 152, 'i': 452, 'u': 253}
前記事でも述べた通り、 i > a > u > e > o となります。
一方で、非語末母音の頻出度合はこうなります。
{'a': 514, 'e': 187, 'o': 93, 'i': 360, 'u': 203}
こっちでは、a > i > u > e > o となります。 a がダントツですね…!
で、この2つのリストを足したものが、gismu全体での母音の頻出度合となります。
{'a': 854, 'e': 347, 'o': 245, 'i': 812, 'u': 456}
グラフにするとこんな感じ:
totalでみると a と i はそんな変わらないんですね。ただ、語末と非語末での局在の仕方がそれぞれ反対なので、語末では iが優勢、非語末では a が優勢という結果になっているようです。
一応、こしらえたソースコードも置いておきます。pythonです。
https://github.com/cogas/cogas.github.io/blob/master/article/code/gismu_karsna_kancu.py
ロジバンの字面のダサさを改善する
題の通りです。
今回の方法は、「ロジバンの字面のダサさの原因って語末母音の単語が多いからじゃね?」という推測から興りました。
一方で、基本的にダイアクリティカルマークというのは格好いいですよね!!!
なので、語末母音の情報をダイアクリティカルマークとして持ってこようというのが今回のアイデアです。
ダイアクリティカルマークにもいろいろありますが、とりあえずはアキュート(´)とウムラウト(¨)を使うことにします。そして、cmavo, lujvo, fu'ivla については形を保存しておいて、gismuの語末にだけターゲットを絞ります。
一応、gismuの語末でどの母音が頻出してるかを調べてみますと、
{'a': 340, 'e': 160, 'o': 152, 'i': 452, 'u': 253}
となり、順番的には i > a > u > e > o となります。
ちなみに割合的には、33.3% > 25.1% > 18.6% > 11.8% > 11.2% となっています。
(語末のiが3割というのは結構驚きですね…)
この調査を踏まえて、次のような規則を以って、語末の母音を消し去ります!
1. gismu の語末母音 "e", "o" は消去しない。 "i", "a", "u" は消去する。
2. 消した母音が "a" のとき、残った母音(つまり後ろから2つ目)にアキュートをつける。
3. 消した母音が "u" のとき、残った母音にウムラウトをつける。
4. cmene, cmavo, fu'ivla, lujvo には適用しない。
5. lujvoであっても、最後のrafsiが5文字rafsiであるときはgismuと同じように処理する。
試しに、 o'i mu xagji sofybakni cu zvati le purdi でやってみると、
.o'i mu xagj sofybakn cu zvat le purd
と、確かになんか前よりは格好良くなってませんかね!…ってこのパングラム全部 iで終わるやないか
なんか悔しいので、korporaから適当にもってきました
i e'u se lo banzu certu jbopre tezu'e lo nu casnu bau lo lojbo po'o
i e'u se lo bänz cërt jbopre tezu'e lo nu cäsn bau lo lojbo po'o
今度は u と o と eしかないやないか!!!!!!!
mi pacna lo nu lo so'i prenu cu pilno ti noi lerfu ciste
mi pácn lo nu lo so'i prën cu pilno ti noi lërf ciste
個人的には、もう少しだけ規則を増やしたいです:
6. {cu} は ç とする
7. {LE nu},{LE ka},{LE du'u},{LE ni}は各々、{LËn},{LÉk},{LËd'},{LEn} にする
これを使うと、結構サマになると思うんですよ
mi pácn lön lo so'i prën ç pilno ti noi lërf ciste
どうでしょうか。個人的にはかなりイイ線いってると思います。
なお、
8. {na} は ń とする
というのも考えました。
あとは完全に好みですが、cmavo や lujvo についても変化を与える規則として、
9. 二重母音の (a/e/o) i について、iを落として、サーカムフレックスをつける(â / ê / î )
10. au は ä とする。
11. V'V についても同様の規則を適用する。このとき、アポストロフィーをhとしてもよい(ウムラウト、アキュートとアポストロフィーの連続が読みにくいので)
というのも考えました。どこまでやるかは好みですね。使ってみた感じだと、11はかなり視認性が低いので、
11'. V'i は i を落とす。
くらいにするのがいいかもしれません。9, 10 は割といけるなという感じを持ちました。
mi pácn lön lo so' prën ç pilno ti nô lërf ciste
ki'e jund be mi
2015/07/06
NAhEについて少し
BPFK sections を読みながら、NAhEについてメモ。
今のところ、NAhEには je'a, na'e, to'e, no'e がある。
いずれも NAhE というのは 述なれ語(selbrisle)を別の述なれ語に変換するコンバータの役目がある。
je'a は恒等変換である。例えるなら「×1」。変換前後で意味を変えない。
…が!大体の人は「実に」とか「本当に」とかで変換前後を訳し分けている。
to'e は意味を反対にする。例えるなら「×(-1)」。要は反意語・対義語を作る。
no'e は意味を中立にする。BPFK sections 的にいえば、「neutral meaning between the original meaning and its opposite」で、「原義と反意の間の中立の意味」。多分、足して2で割ればよく、「×(1 + (-1)) / 2」であり、つまるところ例えるなら 「×0」です!
そして、一番理解しにくいのが na'e。これだけは数字の演算で表わせないのでイメージしにくい。BPFK sections では "a complementary meaning, such that they can't both be true at the same time." 「同時に真になりえないような、相補的な意味」 なので、補集合の元のようなイメージをもてばいいんでしょうかね。あえて書くとすれば、「x ∈ S ー {a}」とか。
ここのところは少し確信がもてませんが、おそらく、 na'e na'e broda ≠ broda です。 na'e broda は broda 以外のどこかであり、na'e na'e broda は na'e broda 以外のどこか、つまり broda 以外のどこか以外のどこかですので、broda 以外でもありえます。この辺りが na'e の面倒なところです。
基本的に、NAhEを考えるときは、broda (あえて書くなら je'a broda)を 1とし、 to'e broda を -1 とするような数直線を考えることが多いです。このとき、0 が no'e broda になるのはわかりますね。この数直線のことを僕はスケールとか概念スケールとか brodaスケールとか、いろいろと呼びます。
NAhEで気をつけるべきは、broda を 1 とするスケールは往々にして複数ありえるはずだ、ということでしょう。簡単にいえば、brodaの反意語というのはいろいろ考えられうるということです。成犬の反対は…、子犬、かもしれませんし、ある人にとっては、成猫かもしれません。ここにNAhEの面白みとリスクがあるわけです。
milxe や mutce は NAhE のように使われることが多いですね。試験的cmavoに rei'e や sai'e というものがあります。例えるならそれぞれ、「×0.5」と「×2」とかでしょうか?
なお、na'e と na の違いはどこにあるかといえば、na'e は brodaスケールの broda 以外のところ、と言うのに対して、na ではそもそも broda スケール上に然るべき点がないことも意味しえます。
ti na'e nanmu / これは非男だ。
ti na nanmu / これは男であるというのは真でない。
ここで to'e nanmu = ninmu となるような nanmuスケールを取ることにすると、前者では、「これ」は男ではないが、少なくとも性別という概念(中性もそこに含めるとして)には乗っかっているというニュアンスになります。つまり、「これは男以外の性だ」くらいに訳せます。一方で、後者の文では「これは石ころなんだから、性別とかないよ」と続けることもできます。つまり、そもそも性別のスケール上で ti が論じれるものでない、ということを意味しうるのが na の文です。もちろん、大体の使用において na = na'e だとは思います。
-----
追記:
NAhEが重ね掛けされているとき、それぞれのNAhEが同じスケール上の話をしているとは限らない(人間の性向から、ほとんどの場合、同じスケール上の操作だとは思うが)。確かに、同じスケールでの操作ならば、to'e to'e broda は broda と等しくなるが、to'e broda の点で2つのスケールが考えられるときはそうは行かなくなる。
かなり単純な例として、broda = (1, 0) とし、x軸方向のスケールで to'e をとると、 to'e broda = (-1, 0) となる。これを brode とする。このbrodeはy軸方向のスケールが考えられ、このスケールの中心が (-1, 1) とすると、 to'e brode = (-1, 2) となる。
結果として、 to'e (to'e broda) = (-1, 2) ≠ (1, 0) = broda となる。わざわざ座標を設けてまでする話ではないけれども…。
今のところ、NAhEには je'a, na'e, to'e, no'e がある。
いずれも NAhE というのは 述なれ語(selbrisle)を別の述なれ語に変換するコンバータの役目がある。
je'a は恒等変換である。例えるなら「×1」。変換前後で意味を変えない。
…が!大体の人は「実に」とか「本当に」とかで変換前後を訳し分けている。
to'e は意味を反対にする。例えるなら「×(-1)」。要は反意語・対義語を作る。
no'e は意味を中立にする。BPFK sections 的にいえば、「neutral meaning between the original meaning and its opposite」で、「原義と反意の間の中立の意味」。多分、足して2で割ればよく、「×(1 + (-1)) / 2」であり、つまるところ例えるなら 「×0」です!
そして、一番理解しにくいのが na'e。これだけは数字の演算で表わせないのでイメージしにくい。BPFK sections では "a complementary meaning, such that they can't both be true at the same time." 「同時に真になりえないような、相補的な意味」 なので、補集合の元のようなイメージをもてばいいんでしょうかね。あえて書くとすれば、「x ∈ S ー {a}」とか。
ここのところは少し確信がもてませんが、おそらく、 na'e na'e broda ≠ broda です。 na'e broda は broda 以外のどこかであり、na'e na'e broda は na'e broda 以外のどこか、つまり broda 以外のどこか以外のどこかですので、broda 以外でもありえます。この辺りが na'e の面倒なところです。
基本的に、NAhEを考えるときは、broda (あえて書くなら je'a broda)を 1とし、 to'e broda を -1 とするような数直線を考えることが多いです。このとき、0 が no'e broda になるのはわかりますね。この数直線のことを僕はスケールとか概念スケールとか brodaスケールとか、いろいろと呼びます。
NAhEで気をつけるべきは、broda を 1 とするスケールは往々にして複数ありえるはずだ、ということでしょう。簡単にいえば、brodaの反意語というのはいろいろ考えられうるということです。成犬の反対は…、子犬、かもしれませんし、ある人にとっては、成猫かもしれません。ここにNAhEの面白みとリスクがあるわけです。
milxe や mutce は NAhE のように使われることが多いですね。試験的cmavoに rei'e や sai'e というものがあります。例えるならそれぞれ、「×0.5」と「×2」とかでしょうか?
なお、na'e と na の違いはどこにあるかといえば、na'e は brodaスケールの broda 以外のところ、と言うのに対して、na ではそもそも broda スケール上に然るべき点がないことも意味しえます。
ti na'e nanmu / これは非男だ。
ti na nanmu / これは男であるというのは真でない。
ここで to'e nanmu = ninmu となるような nanmuスケールを取ることにすると、前者では、「これ」は男ではないが、少なくとも性別という概念(中性もそこに含めるとして)には乗っかっているというニュアンスになります。つまり、「これは男以外の性だ」くらいに訳せます。一方で、後者の文では「これは石ころなんだから、性別とかないよ」と続けることもできます。つまり、そもそも性別のスケール上で ti が論じれるものでない、ということを意味しうるのが na の文です。もちろん、大体の使用において na = na'e だとは思います。
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追記:
NAhEが重ね掛けされているとき、それぞれのNAhEが同じスケール上の話をしているとは限らない(人間の性向から、ほとんどの場合、同じスケール上の操作だとは思うが)。確かに、同じスケールでの操作ならば、to'e to'e broda は broda と等しくなるが、to'e broda の点で2つのスケールが考えられるときはそうは行かなくなる。
かなり単純な例として、broda = (1, 0) とし、x軸方向のスケールで to'e をとると、 to'e broda = (-1, 0) となる。これを brode とする。このbrodeはy軸方向のスケールが考えられ、このスケールの中心が (-1, 1) とすると、 to'e brode = (-1, 2) となる。
結果として、 to'e (to'e broda) = (-1, 2) ≠ (1, 0) = broda となる。わざわざ座標を設けてまでする話ではないけれども…。
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