2013/07/06

辞書のスタイルの草案~SE式、mijySE式

この記事は、辞書でのbrivlaの意味の書き方、PSの書き方についてのものです。

今、jbovlasteでもみられる書き方は、
・x1はx2にx3と云々かんぬん
もしくは、brivlaの頭文字をとって
・g1はg2に云々かんぬん
のふたつがありますね。

今回のアイデア、通称SE式はその名の通り、SEを軸にした書き方です。
dunda(x1はx2にx3を与える)を例に説明します。
書き方は単純です。
dunda : (lo dunda)(lo se dunda)(lo te dunda)
つまり、
dunda : (与える者)(贈り物)(受取人)
と書いてやります。

従来は、selbriはsumtiをある関係性を以て繋げるという考えで意味を綴っていたのに対し、
SE式は、selbriは各sumtiに役割を与えるという考えで意味を綴っているとみなせます。

SE式の利点は、名前からも分かる通り、転換時にあります。
ti zdani mi - これは私の家だ、をse転換した、 mi se zdani ti を直感的に訳せますか?
SE式なら、zdani は(家)(住人)と表せますので、se zdani は(住人)(家)と表せます。
これなら、mi se zdani ti が「私はこの家の住人だ」と容易に分かるはずです。

他にも、SE式ではsumtiが並列的に表されます。
zdani x1はx2の家だ、という訳はやはりどうしてもx1が主役という感覚を拭えません。
zdani (家)(じゅ)、という表記ではx1もx2も平等である感じがでます。
この副次的効果として、sumtcitaによるsumti追加も自然に行えます。
zdani mu'i - (家)(住人)()

基本的な単語のSE式表示を以下にいくつか書いておきます。

klama (往来人)(行き先)(出発点)(経由地点)(移動手段)

dunda (贈与者)(贈り物)(受取人)

prami (愛する人)(愛される人)

bilma (病人)(症状)(病)

zdani (家)(居住者)

xabju (住民)(住んでいる場所)

pacna (望む人)(望まれている事柄)(望みの叶う見込み)

jimpe (理解する人)(理解される命題)(理解される題目)
[こういう風にSE式で書くと冗長になってしまうものもあります]

・抽象句の記述を考えて
抽象句ではしばしばsumtiの省略が起こります。このときselbriひとつだけ、というのもよくあります。
mi nelci lo nu tavla - 私は話すのが好きだ。
このselbri1語だけのbridiは従来の定義なら単にsumtiを抜いて「話す」と言えばいいのですが、
sumtiに主軸を置いているSE式ではそれがなかなか難しい。
mi nelci lo nu dunda のdundaを(贈与者)(贈り物)(受取人)として覚えていたのなら、訳すのに手間取りそうです。(贈与者)(贈り物)(受取人)という役割分担をみて、そういった役割分担を与えるような語「与える」を思いつくかどうか、なかなか難しいところです。

そこで、妥協案が出てくるわけです。
brivlaのコア+SE式という書き方です。
dunda <行く/来る> (贈与者)(贈り物)(受取人)

この書き方を中間SE式、mijySE式(ミジュセシキ)とでも呼びましょう。
SE式の弱点を克服し、従来の書き方のように自然言語の訳に縛られない。

なかなかいいとは思うのですが、まだ草案段階なのでなんとも言えないですね。
少しずつ煮詰めていきたいと思います。

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